第1話:自分で立てたフラッグをへし折った日。
【養成生RIYOの珍道中物語】
こんにちは!スラトレ®︎認定トレーナー養成生のRIYOです。
今でこそ、こうして養成生として日々七転八倒しながら進んでいる私ですが……
実は、一度自分で立てた覚悟のフラッグを、自らの手で「パキッ」と派手にへし折った過去があります。
それは、2025年9月のこと。
その日は、スラトレ®︎の創始者であるDr.EKOとトレーナー(現エグゼクティブトレーナー)のTOMOに、対面で直接お会いする約束の日でした。
当時の私は、養成講座の体験を2回ほど終え、「私もトレーナーになりたいな、やってみたいな」という想いが芽生え始めていた頃。だけど同時に、頭の中はエゴの声で大騒ぎでした。
「私にできるわけがない」 「ついていけるわけがない」 「でも、思い切って申し込んでみたら、何かが変わるかも……」
そんな自問自答を繰り返しながら、私の頭は「行くべき? 行かないべき? どっちが正解!?」と、ずーーーっと正解探しをしていました。
今なら「そんな時こそノートを開いて深掘りせんかい!」と当時の自分の頭をパコッと叩きたいのですが、人間、本当に逃げたい時って……ノートをしないんですね。
当時の私は、仕事の慣れない環境と膨大な業務の中に身を置き、必死で働いていました。
長期出張から帰ってきたばかりで、心も体もへとへと。
完全にエネルギー切れを起こしていた私は、あろうことか、自分の人生の選択を「母」に聞いてしまったのです。
「長時間の運転もあるんだから、今回はやめておけば?」
ボロボロの私を見た母の言葉は、100%正論でした。
この状態の私を見れば、そりゃそう言います。
でも、当時の私が欲しかったのは、「やっぱりそうだよね」と自分を納得させるための、逃げる免罪符だったのです。そうして私は、断りの連絡を入れました。
Dr.EKOとTOMOトレーナー(当時)との対面機会を、なんと「前日に断る」という行動。
それはトレーナー養成講座に申し込むことのできる、最短の機会だったのにもかかわらず、です。
頭でひねり出した当時の私の答えは、「申し込まない」。
今の私から見れば、「なんでやねん!!!」と全力で突っ込みたくなる大やらかしでした。
本当の後悔は、断ってからわかるんです、当初の私は。
静まり返った部屋の中で、波のように後悔が押し寄せてきました。
いくら頭で言い訳をして、本来の望みに蓋をしようとしても、ハートは「本当はやりたい」と知っています。チャンスを見送った代償は、その後の日々に「少し重めの負荷」として返ってきました。
だって、本当はやりたいのだから、毎日気になって仕方がないのです。
だからこそ、自分が自分に負荷をかける。
そうして後悔しながらも日々を過ごしながら、次の機会を待ちました。
けれど、ただ落ち込んで過ごしたわけではありません。
その間は日々粛々とノートをして過ごしました。
断ったことがきっかけで、自分に向き合う自主トレ時間は確実に増えたのです。
そうです。スラトレ®︎の素晴らしいところは、どの道を通ったとしても、学び、気づくことができるということ。
遠回りした時間すらも、私にとっては必要なプロセスでした。
けれど……当時の私に一言だけ言えるなら、やっぱりこう伝えます。
「流れが来たら乗っとけ!」
と。
そして、2026年1月。とうとう、その「流れ」が再びやってきました。
当時働いていた職場の、次年度の契約交渉。
それをやり終えた、まさに次の瞬間でした。結果としては不成立となり、一つのキャリアに区切りがつくことになりました。普通なら立ち止まってしまうような場面かもしれません。
でも、その交渉をやり終えた次の瞬間に、私のハートが動きました。
頭で考えるより先に、身体が動いていたのです。
「エイヤッ!」
と、スラトレ®︎認定トレーナー養成講座への申し込みボタンを押しました。
そこから、私らしく、涙あり笑いありの「七転八倒の日々」が幕を開けることになります。
スラトレ®︎の通常セッションでは、ノートを書き、メンターと対話して深掘りを重ねます。
それは、現実世界で起きるネガティブな出来事を最小限に抑え、最善を生きるための「忠実なメソッド」です。
けれど、「スラトレ®︎講座に飛び込む」のだけは、別物だと私は身をもって知りました。
これでもかと、ノートして、ノートして、ノートして、もうーわからん!!!
となったらそのまま飛び込む!
あれこれ頭で理由をつけて、フラッグを折ってしまうような遠回りはしない。
これが、きっと最短で最善のルートです。
ピンときた方、一歩踏み出した先で、七転八倒しながらお待ちしています!
スラトレ®︎認定トレーナー養成講座
養成生RIYO